大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)233号 判決 1993年2月18日

神戸市中央区小野柄通七丁目一番一八号

三宮ビル

上告人

大竹貿易株式会社

右代表者代表取締役

上原満男

右訴訟代理人弁護士

田宮敏元

香山仙太郎

神戸市中央区中山手通二丁目二番二〇号

被上告人

神戸税務署長 松岡英樹

右指定代理人

下田隆夫

右当事者間の大阪高等裁判所平成二年(行コ)第三三号源泉所得税納税告知処分等取消請求事件について、同裁判所が平成三年九月二六日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田宮敏元、同香山仙太郎の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に基づき原判決の法令違背をいうものか、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治 裁判官 三好達)

(平成三年(行ツ)第二三三号 上告人 大竹貿易株式会社)

上告代理人田宮敏元、同香山仙太郎の上告理由

上告理由第一点 「二 成正の住所について」の原判決の事実認定は、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違反、理由齟齬、法令の違背がある。

一 原判決の事実認定

原判決は、一〇丁表において、「昭和五七年当時、成正は芦屋住居に財産を所有していたところ、同所は同人の妻子の生活の本拠であると共に、成正の住所としての外形を備えていたうえ、夫婦は特段の事情がない限り同居しているものと推認されるところ、本件においては右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。そして、成正は、頻繁に出入国を繰り返しているものの、国内滞在日数の方が国外滞在日数より多いうえ、控訴人において「大阪」を発着地として旅費計算を示していること及び同人の地位に照らせば相当期間国内に居住することが必要とされるものと推認されることなども併せ考慮すれば、成正は、芦屋住居を生活の本拠にしていたものと認めるのが相当であるから、同人は同所に住所を有するものというべきである。したがって、成正の住所は国内にあるから、成正は所得税法第二条第一項第三号にいう「居住者」に該当する」としている。

二 経験則違反

1 原判決は、芦屋居宅に財産を所有していることが、生活の本拠としての一因であるとするが、人の生活の本拠と財産の所有とは必然的関係はなく、他国に出張した場合、留守宅にその財産を残しておくのは通常のことであって、その留守宅に財産を残していたからと言って、その留守宅を以って生活の本拠とすることは出来ない。芦屋の居宅は、同人の留守宅である。このような認定は経験則に反する。

2 原判決は、住宅地図及び電話帳に同人の氏名の記載のあることを以って、これを住所の外形表示であるとし、これが生活の本拠のり一因であるとするが、住宅地図や電話帳は、私の機関がその営業上発行するものであって、これらの住所氏名の記載は、一応の目安に過ぎず、これらの機関が、正確になる調査に基づいて発表したものでもなければ、本人がその住所であることを公示したものでもない。これに記載されているからといって、これを以って住所の外形表示であるとすることは出来ない。人の住所の外形表示は、住民基本台帳法上の住民票の記載と解すべきであり、住民票によれば、同人の住所は、芦屋ではなく香港にあることは明らかであるから「乙第一四号証)、逆に、同人の住所の外形表示は、芦屋居宅にはなく香港にあると言わねばならない。住宅地図や電話帳の記載を以って住所の外形であるとし、これを以って芦屋を生活の本拠と認定することなどは、明らかに経験則に反する。

3 原判決は、妻子の生活の本拠であることを一因として、芦屋が同人の生活の本拠であるとするが、人の生活の本拠は、その各々について定まるものであり、妻子の生活の本拠と、夫の生活の本拠とは異なるものであるから、妻子の生活の本拠であることを一因として、夫たる同人の生活の本拠が同所にあると認定することは出来ない。このような認定は、経験則に反する。

4 原判決は、国内滞在日数の方が国外滞在日数より多いことを以って、芦屋を同人の生活の本拠とする一因であるとするが、国内における滞在場所は、武生、東京等芦屋以外の場所が多く、それらはいずれも滞在期間の短い居所であって、生活の本拠ではない。芦屋も同様である。このような国内各地の滞在日数の合計(一八五日)の方が国外滞在日数の合計(一八〇日)よりも多くても、それは芦屋とは何の関係もなく、それを以って、芦屋の同所に生活の本拠があるとすることは出来ない。このような認定は、論理の飛躍であり、経験則に反するものと言わねばならない。

5 原判決は「とりわけ控訴人が住所地と主張する香港には、年間を通じてわずか五日間しか滞在していなかった」とするが、その計算の根拠とされる一審判決別表7は、原告の出張費の計算日数に過ぎず、出張とは関係のない、同人のプライベートの滞在日数を含んでいないのであるから、これを以って同人の滞在日数のすべてであるとし、同人が年間香港に五日間しか滞在していなかったとすることはできない。このような認定は、経験則に反するものである。

6 原判決は、控訴人に於いて「大阪」を発着地として旅費計算をしていることを以って、芦屋が生活の本拠であることの一因であるとするが、このような旅費計算の発着地は、控訴人の業務上の計算基準に過ぎず、同人の生活の本拠とは何の関係もない。又、近畿・北陸における国際空港は大阪以外にはないのであるから、控訴人の国際業務上、大阪を発着の地として出張を計算するのは当然のことで、特に同人に限って発着地としたものではない。これを以って、芦屋を生活の本拠とする一因とすることは出来ない。このような認定は経験則に反する。

7 原判決は、「同人の地位に照らせば相当期間国内に居住することが必要とされることが推認される」とするが、オリオングループは香港、韓国、台湾、西ドイツ、米国、その他世界各国の製造会社、商事会社より構成されており、上告人は、その一会社に過ぎない。同人の統括者としての地位に照らしても、相当期間国内に居住することが必要とされるものではない。それは、一審判決別表5の国外滞在日数、別表7の国内滞在期間の短期性に照らしても明らかである。原判決の推認並びにこれに基づく芦屋が生活の本拠であるとする認定は、経験則に反するものである。

三 理由齟齬

原判決は、夫婦は特段の事情のない限り同居しているものと推認されるところ、本件において右特段の事情を認めるに足りる証拠はないとしながら、半年に及ぶ国外滞在、芦屋以外の多数の国内滞在を認めている。このような単身赴任は、この特段の事情に該当するものである。原判決のこの部分については、その理由に齟齬がある。

四 法令違背

1 居所要件(所得税法二条一項三号後段)違背

居住者とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて一年以上居所を有する個人をいうとされている(所得税法二条一項三号)。同人にとって、相当期間国内に滞在することが必要であっても、その個々の滞在場所は居所であり、現在まで、国内に一年以上引き続いて居所を有しないことは明らかであるから、同号後段により、居所要件をもって居住者とすることはできない。原判決は、国内滞在日数の方が国外滞在日数より多いとし、同人の地位に照らせば相当期間国内に居住することが必要であるとして、これをもって住所認定の一因であるとするが、このような認定は、上記二、4、7の通り経験則に反し、住所認定の一因とすることが出来ないばかりではなく、「現在まで引き続いて国内に一年以上」という本条三号の居所要件を空文化し、「住所」に名を籍りて、単に相当期間国内に居所を有することを以って居住者とするものであって、同号後段に違背するものである。

2 住所要件(所得税法三条二項、所得税法施行令一四条一項)違背

所得税法にあっては、国家公務員または地方公務員以外について、居住者及び非居住者の区分に関し、個人が国内に住所を有するかどうかの判定について必要な事項は、政令にこれを委任している。従って、居住者及び非居住者の判定については、この政令規定事項に反して、個人が国内に住所を有すると判定することは許されない。然るに、原判決は次のとおり、当該規定要件を充足しないのに、同人を居住者であると認定している。これは所得税法三条二項に違背する。

この法律の委任を受けた所得税法施行令は、一四条一項において、(国内に住所を有するものと推定する場合)を規定し、一五条一項において、(国内に住所を有しないものと推定する場合)を規定している。被上告人は、課税庁であり、同人が国内に住所を有することは重要な課税要件であるから、その立証責任は被上告人にあり、一四条一項に定める要件に該当することを立証して始めて同人が国内に住所を有する者とすることができる。

同項は、国内に居住することとなった個人が次の各号のいずれかに該当する場合には、その者は、国内に住所を有する者と推定するとして、その第一号に、その者が国内において、継続して一年以上居住することを<通常>必要とする職業を有することとしている。これに対し、同人は、上告人の代表取締役であるが、取締役は会社と委任関係にある者であり、代表取締役は、取締役中代表権を有する者に過ぎないから、代表取締役は、継続して一年以上居住することを<通常>必要とする職業ではなく、同項一号の要件に該当しない。原判決は、同人をオリオングループの統括者であるとするが、統括者とは、単なる俗称に過ぎず、ここにいう職業には該当しない。

同項はその第二号に、その者が日本の国籍を有し、かつ、その者が国内において<生計を一にする>配偶者その他の親族を有することその他国内におけるその者の職業及び資産の有無等の状況に照らし、その者が国内において継続して一年以上居住するものと推測するに足りる事実があることを要件としている。

然るに、原判決における認定事実は、この第二号の要件である、その者が国内において継続して一年以上居住するものと推測するに足りる事実に該当しないことは明らかである。

以上の如く、原判決の認定事実は、所得税法二条一項二号の居所要件を充足せず、又所得税法施行令一四条一項各号のいずれの要件も充足していない。従って、同人が国内に居住する者と判示する原判決は、所得税法二条一項二号、三条二項に違背するものである。

上告理由第二点 「三 本件告知の憲法適合性について」の原判決には、明らかに判決に影響を及ぼす、法解釈の誤り、理由不備、事実の誤認、審理不尽がある。

一 「確定税額」に対する法解釈の誤り

原判決は、支払の際において確定する源泉徴収税額(通則法一五条二項三号)とは、受給者の申告に基づく課税要件によって法律上算定される税額ではなく、真実の課税要件に従って算定される税額であるから、税務署長は、その調査に基づく課税要件により、法律上算定した税額を確定税額として、これを告知し得るとし、本件告知処分が適法であると判示している(一四丁裏)。しかし、以下に述べるように、国税において「確定税額」とは、真実の課税要件によって法律上算定する税額ではない。もとより、すべて国税は、真実の課税要件によって算定されねばならないものであり、「確定税額」にあってもこれを目標とすべきものではあるが、何が真実であるかは、極めて困難な場合があるから、これを真実の課税要件とは関係なく、それぞれの手続的段階において「確定税額」を定め、これに対し、租税法上の効果を付与しているのである。そして、この確定税額が、課税要件の真否等によって異なる場合は、次の段階の手続きとして、更正(決定、再更正)、不服申立て、抗告訴訟によって、新たな確定税額として、手続き的に発展して行くものである。従って、告知、督促、差押え、換価等の強制徴収手続きは、この「確定税額」に対してのみなし得るのであって、この「確定税額」を、当該手続き所定の課税要件に従って算定している限り、真実の課税要件と異なるという理由で、税務署長が、直ちにその算定する税額が「確定税額」であるとして、この差額に対する告知、督促、差押え、換価等の強制徴収手続きをとることを許されないのである。もし税務署長等において、確定税額を変更する必要があるならば、法律で定める所定の再確定手続きにより、その内容、理由を明らかにして、行政処分としてこれをなす必要があるのである。そして、これに対する納税義務者の反論弁解の手続きを保障しているのである。もとより告知に対する反論弁解も可能であるが、これはあくまでも「確定税額」の告知に対する不服申立て、抗告訴訟であって、課税要件に真否に基づく「確定税額」の算定の適否とは異なるものである。以下これを詳述する。

1 国税における「確定税額」の意義。

国税を納付すべき義務が成立する場合、国税に関する法律の定める手続きにより、その国税についての納付すべき税額が確定する場合と、納税義務の成立と同時に特別の手続きを要しないで、納付すべき税額が確定する場合とがあり(国税通則法(以下「通則法」という)一五条一項)、前者の場合は更に、納税者のする申告によって確定することを原則とする申告納税方式と、もっぱら税務署長または税関長の処分によつて確定する賦課税方式との二つの場合がある(通則法一六条)。しかし、このいずれの場合であっても、確定した税額は、課税要件の真実性とは関係なく確定するのである。

(一)申告納税方式の国税

申告納税方式の国税(例えば所得税)においては、原則として、納税者の申告による課税要件に従って算定された税額が、納付すべき税額として確定する。そしてこの確定税額を納付しない場合に、この税額の督促及び滞納処分をなし得ることになる(所得税法三五条、三七条、四〇条)。その課税要件事実が仮に真実に反していたとしても、真実の課税要件に従って算定した税額が確定税額であったとし、税務署長において、直ちにこの増加税額に対する督促、滞納処分をすることはできない。これを徴収する場合は、必ず再確定手続きが必要である。通則法一六条、二四条は、当該申告書にかかる課税標準等又は税額等を更正するとして、処分により確定しなければならない旨規定している。しかし、更正による増加部分の税額は、既に確定した納付すべき税額に係る部分の税額に影響は及ぼさないとし、新たな確定税額となる旨規定されている。再更正における増加税額も同様である(通則法二九条一項)。以上の通り、「確定税額」は課税要件の真実性とは関係なく確定するのである。

課税要件によっては、事実の判断又は、法の解釈につき、見解の相違を生じ、何が真実の課税要件であるかは容易に決定でき無い場合がある。もし納税申告に際して、その確定税額を、真実の課税要件で算出すべきものであるとすれば、納税者は、申告期限内に申告することは出来ず、仮にその申告をなしたとしても、税務署長は真実の課税要件に従って算出し、申告すべきであったとして、更正処分をするまでもなく、直にその納付を督促し、これを徴収することができることとなる。更正処分の場合は、更正通知書に、確定税額の変更の明細(通則法二八条二項)、変更の理由の記載が義務づけられ(所得税法一五五条二項)、その処分も、法定申告期限より、原則三年を経過した日以後においてはこれをすることができないとされている(通則法七〇条)。このように、申告に際する確定税額を真実の課税要件によつて算定すべきものでないとして、始めて、納税者の法律的手続き保障が確保されるのである。

(二)納税義務の成立と同時に特別の手続きを要しないで、納付すべき税額が確定する国税(源泉徴収等による国税)

納税義務の成立と同時に手続きを要しないで、納付すべき税額が確定する国税には、所得税の予定納税以下八種類の国税がある。源泉徴収等による国税はその一つである(通則法一五条三項二号)。この方式の国税の課税要件は極めて明確単純である。課税要件につき真実かどうかの問題は生じない。それ故にこそ、納税義務の成立と同時に特別の手続きを要しないで、納付すべき税額が確定するものとされている。従って、確定税額の告知により、直ちにこれを徴収し得ることとなっている(通則法三六条)。

源泉徴収による所得税は、この源泉徴収等による国税の一つである。給与は、利子、配当等と同じく、この源泉徴収による所得税に該当する(通則法一五条二項二号)。従って、給与に対する源泉所得税は、給与の支払と同時に、その納付すべき税額も確定する。そのため、受給者は、毎年最初に給与等の支払を受ける前日までに、支払者を経由して、納税地の所轄税務署長に、源泉所得に関する申告書を提出しなければならないとされている(所得税法一九四条)。しかも、受給者の申告書は、その経由すべき支払者がこれを受理したときに、税務署長に提出されたものとみなされ(所得税法一九八条)、又は支払者は、国税局または税務署の職員ではなく、受給者に対する質問検査権を有しないのであるから(所得税法二三四条)、給与支払の時に、確定する納付すべき税額は、明確単純に、この受給者の申告に基づいて計算すべきこととなる。もしこの確定税額が真実の課税要件に従って算定しなければならないものとすれば、支払者において、全受給者についてその申告の真否を調査しなければ、この税額を算定することができなくなる。支払の前日に提出された申告書について、このような調査は不可能である。しかも、受給者の申告に基づいて計算しているにも拘らず、税務署長より納税告知を受け(通則法三六条)、不納付加算税を賦課されるばかりではなく(通則法六七条)、これを徴収されても、受給者の退職等により、時にはこの税額の支払を受け得なくなる場合も生ずる(所得税法二二二条)。本来ならば受給者の責任に帰すべきこのような申告の過誤について、何が故に支払者の責任として、その不利益を甘受しなければならないのであろうか。給与の源泉所得税における確定税額も又真実の課税要件に従って算定されるものではない。

2 原判決の「確定税額」に対する解釈の理由不備及び事実の誤認

(一)原判決は、一二丁裏において、源泉徴収にかかる所得税の確定税額が、真実の課税要件に従って法律上算定された税額であるとする理由として、<1>国と直接の関係に立つのは支払者であり、源泉徴収にかかる所得税は、いかなる場合においても支払者のみから徴収されること<2>源泉徴収もれの税額が確定申告を機会に受給者より直接徴収されることはないこと<3>支払者の徴収すべき税額と受給者の徴収されるべき税額とが一致することを掲げている。しかし、国と直接の関係に立つのは支払者であるが、支払者が自己の得た所得に対して納付する所得税ではない。それはあくまで受給者の納付すべき所得税を徴収して国に納付する義務に過ぎない。受給者にとっては、給与所得は申告所得の一所得であり、給与に対する源泉所得税も又申告所得税に含まれるものである。従って、源泉所得に関しては、国と直接の関係に立つのは支払者であるが、それは単に経由者としての関係であり、受給者は支払者を経由して、その所得税につき、国と直接の関係に立つ者である。この点において、租税負担者ではあるが、直接国と納税義務の関係に立たない、酒税や消費税のような間接税における消費者とは本質的に異なるのである。原判決は、源泉所得税を間接税と勘違いしているふしがある。源泉徴収に際しても、給与所得者は源泉所得に関する申告を義務づけられており(所得税法一九四条以下)、これらの規定に申告書が、給与等の支払者に受理されたときは、その申告書は、その受理された日に税務署長に提出されたものとみなされるのである(所得税法一九八条)。そして一般的に、その年中の給与等が千五百万円以下の場合は年未調整によって、申告所得税と同じ税率により過不足が調整され(同法一九〇条)、例外を除き、確定所得申告書の提出が義務づけられれ(同法一二〇条、一二一条)、その確定所得申告において、給与所得は総所得金額に合算され(同法二二条)、そして上記申告にかかる所得控除等を控除し、これを課税標準として税額を計算し(同法八九条)、税額控除した後、これより源泉徴収税額を控除して(同法一二〇条一項五号)、当該年度の納付すべき税額が計算されるのである。従って、受給者が国と直接の関係に立たないからといって、支払者が受給者の申告する課税要件を無視し得る理由とはならない。支払者は、この申告に対する質問検査権さえこれを有しないのであるから(所得税法二三四条)、この申告の真否を調査し、真実の課税要件によって算定することなどできない。従って、原判決の<1><2>は、この理由とはならない。又支払者の徴収すべき税額と受給者の徴収されるべき税額が一致するということは、受給者の申告する課税要件で算定すべき根拠とはなっては、真実の課税要件で算定すべき根拠にはならない。故に<3>も理由とはならない。以上の通り、原判決には、判決に影響する明らかな理由不備がある。

(二)原判決は、その一三丁裏において、「当該個人が居住者であるのか、非居住者であるのかは、同人が居住者としていわゆる無制限納税義務を負うのか、非居住者として国内源泉所得に限り納税義務を負うのかという、極めて重要な相違をもたらすところ、居住者であるか、非居住者であるかは、受給者の申告事項ではなく、支払者によって判断されるべき事項であり、しかも、支払者は、通常、業務を通じて受給者の国内外の滞在状況、勤務形態、国内外における住所等について把握しているから、通常一義的に明確であると考えられ、本件においても前記二認定の事実に照らせば、成正が香港を住所とする後記扶養控除等申告書を提出していたとしても、成正が居住者であることは明らかであったというべきである」とするが、源泉徴収義務者に過ぎない上告人には、同人が制限納税義務者であるか、無制限納税義務者であるかとは無関係である。又居住者であるか、非居住者であるかは、受給者の申告事項ではないが、住所は申告書に記載される事項であり、しかも所轄税務署長に提出されたものとみなされ、支払者に調査権限はないのであるから、「支払者によって判断されるべき事項」ではあっても、この申告書の住所によって判断すべきである。

更に又原判決は「支払者は、通常、業務を通じて受給者の国内外の滞在状況、勤務形態、国内外における住所等について把握している」とするが、支払者は、住民票によりその住所を把握しているものであり、業務上必要のある場合を除いて、特にその真実の住所までこれを調査し把握しているものではない。支払者が、通常、受給者の真実の住所を把握しているということは経験則に反する。又原判決は「本件においても前記二認定の事実に照らせば、・・・成正が居住者であることは明らかであった」とするが、同人の出入国並びに国内外の滞在状況より見て、国外滞在日数が半数を占め、国内においても、芦屋に滞在することは僅かであるから、居住者であることが明らかであるとはいえず、上告理由第一点で明らかにした如く、原判決の前記二の認定理由は、経験則違反、理由齟齬、法令違反の積み重ねによってなされたものであり、上告人は、同人は寧ろ非居住者と判定されるべき者であると考えている。従って、「成正が居住者であることは明らかであった」とする原判決には、判決に影響を及ぼす著しい事実の誤認がある。

二 本件告知の違憲性

以上の通り、確定税額は支払の際に受給者の申告に基づいて法律に定める計算によって自ら決定される税額であり、支払者はこの税額を徴収して納付すればよく、通則法三六条一項二号の納付されなかった税額とはこの税額であって、これを超えて、税務署長は告知することを得ない。これを真実の課税要件によって算定した税額であるとし、税務署長が、この税額を支払者に対し告知し得るとすることは、通則法一五条二項二号、三項二号、三六条一項に二号に反し違法である。もしこれを適法とするならば、五年後においても、確定税額を告知によつて変更し得ることになり、支払者は、確定税額の計算の内容、計算の根拠を知らされず、これを徴収されることとなり、しかも、自己の責任と無関係に不納付加算税、延滞税まで課されることになって、納付すべき税額の明確な確定、確定税額に対する告知という、段階的な、租税法上の重大な手続的保障が奪われることになる。しかも、受給者の申告と異なった計算による税額については、受給者との間で紛争を生じ、場合によっては、これを回収し得なくなる恐れがある。原判決は抗告訴訟に際し、受給者に訴訟告知をするだけでその危険を回避し得るとするが(一四丁裏)、租税法上の手続き的保障は、このような訴訟告知の有無を問わず保障されるべきであって、訴訟行為の選択方法に左右されるものであってはならない。これでは、支払者は訴訟告知をなさない限り危険を回避できず、訴訟告知をなし得ない場合はこの危険を甘受しなければならないことになる。このような訴訟告知のできることをもって、支払者の租税法上の手続的保障があるということはできない(憲法三〇条、八四条、三一条)。以上の如く、これを真実の課税要件によって算定すべきであるとし、その余の点について判断するまでもなく、本件告知処分は適法適憲であるとする原判決は、単なる法令違反、事実誤認、理由不備、審理不尽の判決であるにとどまらず、違憲の判決であるといわねばならない。

上告理由第三点 「成正の手続保障について」に関し、原判決は、明らかに判決に影響する理由齟齬及び憲法違反がある。

一 理由齟齬

1 訴訟告知についての理由齟齬

原判決は、一四丁裏において、支払者は、税務署長の納税告知処分に対し、自己の納税義務の存否または範囲を争い抗告訴訟を提起し、受給者に訴訟告知をすれば、仮に、当該抗告訴訟において敗訴をしても、受給者に参加的効力を生ぜしめることにより(民訴法七八条、七〇条)、判決の効力を及ぼし、債務不履行の主張を封じて、受給者にその告知税額を求償し得るとしている。然るに、一五丁裏においては、受給者は、支払者の請求に対し、自己の納税義務を否認し、また、はその範囲を争って、その請求を拒むことができるとしている。原判決は、前者においては、訴訟告知のあることを前提として、支払者に不利益はなく、その手続的保障に欠けるところはないとし、後者においては、訴訟告知のないことを前提として、受給者に不利益はなく、その手続き的保障に欠けるところはないとしているのである。このような論理は許されない。確定税額を受給者の申告によって算定するものとすれば、支払者、受給者のいずれの手続き的保障も全うされるのである。原判決の如く、確定税額を真実の課税要件によって算定するものとし、税務署長がかかる税額を告知し得るものとすれば、支払者が、その手続的保障を奪われ、他人の所得税を負担することとなる不利益を負うか、受給者が、自己の所得税を他人によって決定され、これを争えなくなるという手続き的保障を害されるかの、どちらかになるのである。

2 所得税法二二二条の解釈の誤り、事実の誤認及び理由齟齬

原判決は、一五丁表において、所得税法二二二条は、支払者の受給者に対する求償権の行使を絶対的に保障したものではないとして、「納税告知処分は徴収処分であって、支払者の納税義務の存否・範囲は右処分の前提問題に過ぎず、受給者の源泉納税義務の存否・範囲にはいかなる影響も及ぼさないからである」としている。然るに原判決は、一二丁裏において「支払者の徴収すべき税額と受給者の徴収されるべき税額は一致する」として、一方の税額が変更されれば他方も同額変更される関係にあることを認めており、一四丁裏において「訴訟告知をするだけでその危険を回避できる」として、支払者の納税義務の存否・範囲が、受給者の納税義務存否・範囲に、重大なる影響を及ぼすことを、暗黙の前提としている。これはその理由に齟齬のあるものである。又仮に訴訟告知がなかったとしても、税務署長の納税告知が正しい税額であるとして敗訴し、この税額を徴収された場合は、支払者は所得税法二二二条によって、受給者に支払うべき給与より、これを控除し得ることは当然であって、この場合、受給者が控除税額相当額を給与支払の債務不履行としてこれを請求することなどできない。原判決には、理由齟齬に加え、事実の誤認、所得税法二二二条の法解釈の誤りもある。

二 成正に対する違憲性(手続保障の侵害)

成正は、上告人を経由して、その住所を香港ケインロード一一〇-一一八オンフンビルD-二二号として申告しており、これについて在香港日本国総領事作成の在留証明書が発行されている。従って、もしこの住所が住所でなく芦屋市にあるとして、同人に対し、居住者としてその税額を徴収しようとするならば、同人が総合課税にかかる所得につき、所得税法一六六条による確定申告をしている場合は、通則法二四条の更正を、確定申告のない場合は、同法二五条の決定をしなければならない。この更正等に対しては同法二八条により厳格な手続きが定められており、又同法七〇条により期間制限もされている。更に、これに対し同人は、その住所が芦屋にないことを争うことができる。

それ故、源泉所得税における確定税額においても、<1>支払と同時に確定することから、迅速性、一義性、不変性がその要件となること<2>その本質は、受給者の申告所得税であり、支払者の納税義務は、受給者の所得税納付の経過に過ぎないこと(所得税法一九八条)<3>受給者のプライベートは、憲法上保障されていること<4>支払者に質問検査権が与えられていないこと等から、その税額は、受給者の申告に基づく課税要件によって算定され、同人が源泉徴収される税額も、非居住者として算定されることになる。

もし、この徴収されるべき税額が、真実の課税要件で算定すべきものであるとし、五年に遡り、税務署長が告知処分により、支払者よりこれを徴収し得るものとすれば、支払者より所得税法二二二条により、これを給与より控除され、又は支払の請求を受けることになる。結局同人はこの住所について、告知弁解及びこれを争う機会が奪われ、居住者としての課税を受けることになる。

以上の如く、通則法一五条三項二号に定める、給与所得に対する源泉所得税の確定税額とは、受給者の申告に基づき算定した確定税額を指すものであって、仮にこの申告が真実と異なっていたとしても、支払者の所轄税務署長が、これを確定税額として告知処分をすることはできず、受給者の所轄税務署長が、通則法二四条又は二五条の更正又は決定として、二八条の手続きにより処分すべきである。このようにして始めて、受給者の租税手続きが、憲法上保障されるのである。故に真実の課税要件で確定税額を算定すべきであるとする原判決は、通則法、所得税法に反するだけではなく、成正に対する関係においても、租税法上も、法定手続きを保障した憲法三〇条、三一条、八四条に反する違憲の判決である。

上告理由第四点 「不納付加算税について」に関し、原判決には、明らかに判決に影響を及ぼす法令の違背、審理不尽、事実の誤認がある。

一 通則法六七条一項の解釈の誤り、及び審理不尽

通則法六七条一項の法廷納期限までに完納しなかった「源泉徴収等による国税」とは、支払の時に納付すべき税額の確定した税額であり、給与所得に対する源泉所得税にあっては、この税額は、受給者の申告に基づく課税要件によって算定される税額である。従って、これを真実の課税要件よって算定される税額であるとして、この不足税額の告知を受け、これを法定納期限までに完納しなかったとしても、税務署長は、不納付加算税を課すことはできない。原判決は、二一丁表において「控訴人が本件告知の税額を法定納期限までに納付しなかったことは、当事者間に争いはない」とするが、上告人は、本件告知税額は通則法六七条一項の国税に該当せず、不納付加算税の賦課そのものも、これを争っている。原判決には、法令の違背に加え、審理不尽がある。

二 「正当な理由があるもの」についての解釈の誤り、理由の齟齬及び事実の誤認

仮にこの納税告知が違法でないと仮定しても、支払者には、既述の如く、これに対する質問検査権はなく、支払者を経由して税務署長に申告したものとみなされるのであるから、この申告書に従って徴収納付しても、通則法六七条一項但書きにいう、「正当な理由があるもの」といわねばならない。

これに対し原判決は、二二丁表において、扶養控除については、所得税法一八五条一項一号に規定があるから、受給者の申告に従ってこれを控除して計算している限り、後に税務署長の調査等により扶養親族に該当しないと判明したため、納税告知を受け、この告知税額を法定納期限までに納付しなかったことについて、正当の理由があると解されるが、居住者か非居住者については右のような規定がないうえ、支払者は、業務を通じて受給者の国内外の滞在状況、勤務形態、国内外における住所等について把握しているから、実質的な判断をなすべきであり、受給者の申告に従っても、正当理由があるとはいえない、としている。しかしながら、上記所得税法一八五条一項一号は、扶養控除等申告書の提出のあった場合における課税の区分及び税額の計算方法を示したものであり、支払者は、これによって計算すべきであり、この計算によって納付する限りは適法であることを示すものであって、正当理由の有無とは無関係である。税務署長といえども、この規定の適用を受けるのであるから、後に税務署長の調査等により扶養親族に該当しないと判明しても、税務署長がこれと異なった税額を計算し、この納税告知をなすことを得ないことを示すものである。原判決には、この点においても、法解釈の誤り、理由の齟齬がある。

非居住者の給与所得についての源泉所得税の計算の方法は、所得税法二一三条に規定されている。しかし非居住者の源泉所得税であって、通則法一五条三項一号の国税であっても、その納付すべき税額が、給与の支払と同時に確定することは、居住者の源泉所得税と何等変わりはない。その源泉所得税の税額は、扶養控除と関係がないから所得税法一八五条一項一号のような規定がないだけのことであって、この規定がないからといって、支払者が、その真実の住所を調査し、これに従って居住者か非居住者かを判断すべきものとなるものではない。源泉所得税であることに変わりはなく、受給者の申告によってこれを判断すべきであり、これは通則法一五条三項の「特別の手続きを要しないで」というところから導かれるものである。

成正が、上告人が経由して、その住所を香港ケインロード一一〇-一一八オンフンビルD-二二号として申告しており、これについて在香港日本国総領事作成の在留証明書が発行されていることは、原判決もこれを認めるところである。又上告理由第一点に示すが如く、一般人の認識からみても、所得税法の解釈からも、同人は継続して一年以上国内に居住せず、又芦屋その他の国内に住所を有する者と考えられないのであるから、上告人において、業務を通じて同人の国内外の滞在状況、勤務形態、国内外における住所等について、実質的にこれを判断をしても、同人を非居住者と判断せざるを得なかったものである。

これに対し、原判決は、被上告人が昭和五七年三月三一日付けで前件告知処分をなし、上告人は「居住者」と判断されていることを知ったのであるから、以後の源泉徴収においては、居住者とすることが可能であったとし、これに対する取消訴訟(前訴)を提起したとしても、前記事実関係に照らせば、前訴を提起したから過失がないというものではなく、他の方法を採る余地もあるから、これをもって正当な理由とすることはできないとしている。

しかしながら、前件告知処分が正しいかどうかは、これに対する取消訴訟につき、判決が確定してから始めて分かることである。以後の源泉徴収であっても、取消訴訟継続中に自己自らこれを否定する取扱いをすることはできない。仮に、前訴が認容されたとしても、自己自ら居住者として徴収納付した税額につき、これを非居住者として修正することも、争うこともできなくなるからである。告知処分があっても、これに対し不服申立て、抗告訴訟がなされている場合は、この取消、無効の判決もあり得るのであるから、告知処分があり、その内容を知ったという理由だけで、正当理由がないということはできない。

又原判決は、上告理由第一点における事実関係に照らせば、前訴を提起したから過失がないというものではなく、他の方法を採る余地もあるから、これをもって正当理由とすることはできないとするが、上記事実関係によれば、在留証明書が虚偽文書であるとか、成正が芦屋を住所としていることが明白であり、上告人がこれを知って、同人を非居住者としたものでないことは明らかである。又上告人は、告知処分があったという理由だけで正当理由がなくなるものではないとしているものであって、前訴を提起しているから過失がないと主張しているものではない。又原判決のいう他の方法とは、同人を居住者として源泉徴収することを意味するものであって、このような方法を採り得ないことは上述の通りである。原判決は、事実を誤認し、法解釈を誤った上で、正当理由がないとしているものである。

扶養控除等の課税要件も、居住者又は非居住者に基づく課税要件も、共に所得税法一五条三項一号の確定税額算定の課税要件に変わりはなく、受給者の申告に従うべきである。受給者の申告による課税要件で算定する限り、これに対する不納付加算税は課し得ないと解すべきであるが、仮にこの課税要件を真実に基づいて算定すべきものと仮定しても、その責任は受給者にあり、支払者にこれを転嫁して、不納付加算税の責めまで負わさるべきものではない。

結論

以上の如く、源泉徴収義務者の居住者及び非居住者の区分についても、その制度の趣旨から、受給者の公的証明のある届出で区分すればよく、源泉徴収義務者がその住所の真否を調査して、この区分を判定する義務はなく、又そのような権限も有しない。同人のこの届出では、香港ケインロード一一〇-一一八オンフンビルD-二二号であるから、上告人において、同人を非居住者として所得税法二一三条によりその徴収金額を算定したのは適法である。もし被上告人において、同人の真実の住所が芦屋にあると判断したとしても、通則法三六条一項二号に定める徴収手続きとしての告知をすることはできず、同人が納税申告書を提出しておれば同法二四条の更正で、提出していなければ同法二五条の決定で、所轄税務署長たる芦屋税務署長がなすべきである。故に本件告知処分を適法とした原判決の部分についても、法令違背、理由齟齬、審理不尽、経験則違反、事実誤認があり、その取消を免れないものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例